Re:トモセラピーについて教えてください

トモセラピーは「従来のIMRTより高精度で安全性が高いのだろうか?」という質問が、前立腺癌に関するメーリングリストに投稿されていました。なぜそう思ったのか、その情報ソースが気になり調べてみました。
[関連記事] トモセラピーかダヴィンチか?

投稿は次のようなものです

トモセラピーについて、体験された方、検討された方は教えてください。
通常のIMRTでは、一度位置決めをしたらそのまま終わりまでその位置のままで照射を繰り返すが、トモセラピーでは、照射の都度、位置決め修正を行うので、他の臓器への悪影響を減らせるということのようです。※
私は、従来のIMRTよりも安全性が高いのであれば、この治療を受けようかと思いますが、どんなものか情報をおもちのかたは是非教えてください。
  <質問された方に転載を許諾していただきその抜粋を掲載>

トモセラピーの動作

まず、トモセラピーとはどんなものが、これを見ていただきましょう。

Accuray社による、トモセラピーを説明するビデオ


AccurayInternational 2015/06/04 に公開

CTのようなボディーに照射部が内蔵

放射線を長い矩形に整形し、照射部(Ring gantry)が体のまわりをくるくると回転しながら照射しますが、同時に寝台は照射システムの輪の中に吸い込まれるように入って行きます。

AccurayInternational 2015/06/04
ビデオでは背骨に照射していることからわかるように、非常に大きな照射野が一度で得られることが最大の特徴です。(TomoHelicalの動画を御覧ください、TomoDirectは関係しません)、美しい映像を見ていると、どんな病気でも根治させてしまうように感じますね。

トモセラピーの特徴は

放射線を整形するのは「バイナリー・マルチリーフ・コリメータ」と呼ばれる装置で、まるで櫛のように一直線にリーフが並ぶ、その制御は単純にオープンかクローズで、これにより放射線を長い矩形に整形し回転照射させる。それと同時に照射中の寝台をシステムの奥に送り込むことで、スライスされた照射の合成により自在な照射野を作り出すことができる。

AccurayInternational 2015/06/04

トモセラピーの照射中の寝台の移動は見るものに凄さを感じさせるが、動作原理上必要だから移動しているにすぎない。これに対し通常のIMRT(及びVMAT)では照射野を長い矩形ではなく、ターゲットに合わせて自在な形に放射線を整形するマルチリーフ・コリメータであるため、照射中に寝台の移動させるという動作は必要はない。照射部を回転させながら、自在な形に放射線を整形するという複雑な動作での照射を実現している。


IMRTなど通常の外照射システムのコリメータ。トモセラピーのような長い矩形ではなく、自在な形に放射線を整形できる


およその動作原理がおわかりいただけたと思います。では本題の結論から、ネット上で、トモセラピーだけが優れたシステムのように紹介されている件ですが、その内容を確認してみたところわかったのは
トモセラピーの記事で比較していたのは、旧世代のIMRTでした。高精度の位置決めを行い、他の臓器への悪影響を減らすのはIGRT(画像誘導放射線治療)の特徴であり、現在主要な医療機関の外照射治療であれば普通に画像誘導下でIMRTを行っています。トモセラピーもIMRTの一種であり、トモセラピーという特定のシステムにこだわる理由はあまりないということ。

※ 詳しくは以下を御覧ください。投稿された方が参照したいくつかの記事の内容を確認しました。

参照記事1:ウィキペディア トモセラピー

wikipedia トモセラピー
従来の放射線治療では患者の皮膚表面に記したマーキングを頼りに照射を行なっていたため、各回の治療毎に照射される部位の誤差が大きかったが、トモセラピーではCT(Computed Tomograpy)撮影を各回の治療前に行なって照射位置を修正して、高い精度で放射線治療を行なうため、放射線による正常組織の障害を低減することが期待される。

 
マーキングを頼りに照射していたのは、画像誘導機能を持たない1、2世代前の古いシステムです。「wikipedia トモセラピー」の履歴を調べてみると、2013年7月23日にはすでにこの記述がありました。当時は古いシステムも稼働していたのかもしれませんが、約5年経った今でも古い記述がそのまま残っているため、現実とのズレが生じています。
→ 履歴: wikipedia トモセラピー 2013年7月23日 (火)

患者の皮膚表面に記したマーキング

実は、現在でも放射線治療では、固定具と体の位置関係の再現性を確保するため、腰の両側などにマジックで目印をつけ、照射時の位置合わせに使います。しかしこれだけでは不十分で、腰骨を一定の位置に合わせた場合でも、体の中心部にある前立腺は、直腸や膀胱などの日々の動きによって位置や形が変化しますから、照射直前に放射線治療システムに内蔵されたレントゲンやCTによって位置を確認し照射位置の補正を行います。これがIGRTと呼ばれる画像誘導放射線治療で、トモセラピーだけでなく、最近のIMRTでは普通に行われているはずです。

参照記事2:がんサポート:強度変調放射線治療の専用機

がんサポート:検査と照射を同一機械で行いピンポイント治療を実現させた「トモセラピー」
「たとえば、7方向から放射線のビームを照射する場合、CTの画像から線量を計算して照射計画をたてるのですが、実際には『計画どおりがんに照射されるだろう』という前提で行っているだけなのです」と浜さんは指摘する。皮膚に照射位置をマークしても、体内の臓器は毎回1.5~3センチぐらい位置がずれる。
体内の臓器やがんの位置が正確に把握できなければ、せっかくの照射計画も絵に描いた餅。不要な部位にも放射線があたる可能性は否めなかったのである。
→ がんサポート:強度変調放射線治療の専用機

 
この場合の、”実際には『計画どおりがんに照射されるだろう』という前提で行っているだけ”というのも、画像誘導の機能を備えていない1、2世代前の放射線治療システムのことを言っています。

皮膚に照射位置をマークしても、体内の臓器は毎回1.5~3センチぐらい位置がずれる。

さらに、ここでは「1.5~3センチぐらい位置がずれる」と言っていますが、前立腺がクルミ程の大きさだというのに、1.5~3センチもズレたら一体何に照射しているのかわからなくなりますから、必要とされる照射範囲よりも、一回り大きい照射を計画し、常に前立腺が照射野からハズレないようにするわけです。(当時でも、同じ治療室内にCTを設置して精度の向上させる対策をされていた医療機関もあると聞く)、このため周辺の臓器にも必要のない照射が行われることになり、放射線障害が起きます。

現在主要な医療機関の外照射治療では、皮膚のマーキングでは「毎回1.5~3センチぐらい位置がずれる」という問題に対して、照射直前にシステムに内蔵されたレントゲン(あるいはCT)などにより前立腺の位置を撮影し、体の位置を寝台ごと移動して照射位置を補正する、というのが当然のように行われているはずです。これにより位置のズレは数ミリ以内になるはずです。この点はトモセラピーでもIMRTでも同じです。

ページ内からこの記事が書かれた日付を探すと、江戸川病院放射線科部長(2011年4月)となっています。江戸川病院は早くからトモセラピーを実施していたことで有名な病院です。2011年では、画像誘導放射線治療(IGRT)下のIMRTが、いまほど一般的でなかったと思われますから、しかたのない記述かもしれませんが、ややミスリードを誘う記事であるかもしません。

参照記事3:姫路医療センター トモセラピー

国立病院機構姫路医療センター  平成29年4月以降の記事
放射線治療装置とCTが一体になっており、治療の度にCTでがんの位置確認、数mmの位置補正を実施できるため照射部位にずれが少なく、正確にがんへ照射することができます。
→ 姫路医療センター トモセラピー

 
これは、その通りです。放射線治療装置と同じ部屋内にCTを設置して画像誘導を行う医療機関もありますが、放射線治療装置に内蔵されているコーンビームCTで撮影するシステムのほうが一般的です。治療は、通常週末を除き週5回行われますが「治療の度に」とは毎日の治療の直前にという意味でしょう。ただしこの記事の内容は、トモセラピーに対してだけ言っているのではなく、通常のIMRTシステムでも同様です。

IMRTで画像誘導(IG)はいつから実施されたか?

調べてみると、例えばNovalis Txを例にしますと、2008年4月の記事にNovalis Txが紹介されていましたから、少なくとも江戸川病院の記事が書かれた2011年にはすでに稼働していたと思われます。しかし、あまり一般化していなかったのかもしれません。以下の記事を参照してください。

Novalis Tx  2008年4月の記事
■治療精度の向上
従来のX線画像と赤外線による患者位置決め装置「ExacTrac X-Ray」に加え,CT画像撮像装置「On-Board
Imager」を搭載したNovalis Txは,病変部を3D画像として取り込むことで,画像誘導による精確な位置決めを行う。
→ Novalis Tx  2008年4月

 
IMRT 前立腺癌の治療の説明ビデオ
Varian Truebeam IGRT

Saint Joseph Mercy Health System 2012/06/04 に公開
Varian TruebeamによるIGRT :放射線治療装置に内蔵されているコーンビームCT(緑のビーム)で撮影し、照射計画との誤差を寝台を移動して調整後、赤のビームで放射線治療

TruebeamによるIGRTのイメージビデオは通常のIMRTではなく、VMATによる回転照射です。VMATはIMRTよりも短時間で照射が完了するためより高精度の照射が可能となっています。次のelekta versa hdによるアニメーションもVMAT。IMRTからVMATへというのが治療システムの進化です。

elekta versa hd animation

Francisco Herrera 2014/09/01 に公開
Elektaのシステムによる放射線治療 VMAT

記事がいつ書かれた、比較対象は妥当なのか?

これらからわかるのは、トモセラピーに比較しているのは、1、2世代前の古いシステムであるということ、これらの記事は古い記事ではあるものの、その時点では高精度なIMRTも運用を始めていたはずです、それには触れず、トモセラピー以外はすべて精度の低いシステムであるかのような説明はやや不適切だと思われます。自分の病院に導入されたシステムがいかに優れたものであるかを示すために書かれた紹介ページということもある、としてご覧になったほうが良いよいと思います。

現在、主要な医療機関では、トモセラピー以外にも、画像誘導(IG)を使ったIMRTシステム、さらにはその進化型であるVMATが普通に使われているはずです。もし、前立腺癌の初回治療に画像誘導を使わない医療機関があったとすれば、治療に対する本気度が足りない病院です。
参照:→ 多根総合病院 放射線治療装置について

毎日の照射前に、画像誘導で位置合わせをしてから照射する、これはトモセラピーでも通常のIMRTでも同じです。CTは複数にスライスした画像の合成によって全体の画像を得ますが、トモセラピーもCTと同様に独特のコリメータによって整形された長い矩形のビームの照射を回転にとともに変化させ、その総和が前立腺全体への照射となるため、照射が高精度でないと成立しない技術です。これに対しIMRTは、多数の方向から、マルチリーフコリメータによって前立腺の形状に合わせた照射を行い、それをを合成したものが全体の照射となります、これも高い精度が必要とされます。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、前立腺を帯状にスライスした形状の照射を回転しながら行うのがトモセラピー、前立腺の形状に合わせた照射を複数の方向から行うのがIMRT。照射方法に違いがありますが、どちらもIMRTです。

精度が同程度なら外照射の治療の効果は総照射線量で決まる

精度が同程度の外照射システムであれば、治療の効果は総照射線量によって決まるはずです(1回あたりの照射線量が同じと仮定した場合)
副作用は、高精度のシステムを使って、ぎりぎりまで照射野を絞れば、少なくなりますが、病期によって被膜外浸潤にも対応しようとすれば、照射野を広めに取る必要があり、副作用は大きくなります。よって、システムの違いより照射計画の違いのほうが副作用に影響すると思われます。

私が外照射治療を検討したとき、トモセラピーも検討しましたが、結局トモセラピーにこだわることなく通常の外照射システムで治療(実際には小線源併用)を受けました。

インターネットの情報でどれが正しい情報なのかを見分けるのは難しい。書かれた時から、時間が経過すると、現状とずれてしまうこともあるのはしかたのないことですが、多くの情報の中から、確度の高いものを探すには専門的知識が必要なのかもしれない。しかし癌と告知された時、そのような知識を持っているはずがないので、多くの記事を読みその中から妥当と思える情報を探すのは容易ではないが、自分で探し考えることで前立腺癌への理解が深まり、どのような治療をすべきか自ずと決まるかもしれません。

ichi

この春に治療、重粒子線に期待 大阪MH

前立腺がん治療を経験された方の体験談 大阪 MH さん

がんが見つかったきっかけは?、また、どんな治療を勧められましたか?

会社の健康診断の有料オプション検査で受けたPSA が4.25でその後、精密検査としてMRIを受けたが異常なしとの事で3年間経過観察でした。その間、3ヶ月に一回、PSAを取り、徐々に数値が上昇し、去年10を超え、14.3まで上がりました。それで昨年末にMRIを再度撮り、影が見つかったという事で年末に生検をしたところ、12箇所取った最後の一個にガンが見つかりました。今年に入って転移の有無を調べるために、骨シンチグラムと造影剤CT検査を受けて26日に結果を聞きに行きます。その時に治療方針の話になると思います。

 PSA:14.3
 グリソンスコア:7
 陽性率:8.3 %(生検 12本中陽性 1本)
 T分類:
 診断時年齢:65 歳
 触 診:

あなたは、どの治療を選びましたか?

治療はこれからですが、先生は切除を勧められていますが、知人から重粒子線治療の話も聞きました。今週、厚生労働省が前立腺ガンの重粒子線治療を4月から保険適用するというビッグニュースがありました。保険適用という意味は金銭上の負担が大幅に減少するという事以外にその実績が認められた、との事でもありますよね。また、地元大阪に初めて重粒子線治療センターが春に力という話もあり、ちょうど良いタイミングかなと思っています。

大阪 MH

その後のご連絡をいただきました

大阪MH 2018年3月1日 16:43

上の投稿をした大阪MHです。
転移は無しとの検査結果でした。また、グリソンスコアは7でした。
そこで切除にするか、重粒子治療にするかとなりました。私のPSAでは小線源は受けられないとのことです。大阪重粒子センターに期待したのですが、開院は3月、治療開始が10月とのことです。10月まで待てるのかというのと、その後の転移時の再治療と切除による尿漏れリスクを考えて、最終的に切除手術をすることに決めました。尿漏れのリスクは個人差が大きいという事で、手術前から必要な筋肉の訓練を始めることにしました。入院手術は2か月後ということで、それまでの自由な生活を楽しむことにしました。先生曰く、ダビンチで手術をするので退院後すぐにゴルフもできるよ、という事でしたが、本当でしょうか。退院の2日後と2週間後にコンペがあり、エントリーしています。

大阪 MH

 


再度のご連絡 ありがとうございます

最終的に切除手術をすることに決めました、とのこと。

みなさん考えかたはそれぞれ、いろいろ調べ迷われた上での決断でしょうから、尊重すべきことだと思っていますが、2点補足させていただきます。

私のPSAでは小線源は受けられない

とありますが、これはMHさんの受診している病院ではPSA10以上の患者には小線源治療をおこなわないということなのでしょう。実際に多くの病院ではPSA10未満とか、グリソンスコア6,あるいは7迄と決められているようです。小線源治療の大きな問題はまさにここ、小線源によって高い線量を局所に与えることができれば、高リスクであっても根治可能なのですが、その技術が多くの病院にまで広まっていないため、いまだ低リスクと一部の中間リスク迄としている病院が多いのです。現状で、小線源治療を受けようとすると、高リスクであっても小線源治療を実施(外照射併用を含む)している病院を選ぶほかありません。

先生曰く、ダビンチで手術をするので退院後すぐにゴルフもできるよ。

ダビンチについては、「癌など手術で摘出するに限る – 前立腺全摘」のページで書いていますが、「ダビンチだから大丈夫」というようなことを医師に言われると、ダビンチが夢のような治療法に感じますが、摘出手術には違いありません。手術療法の尿漏れは、退院時に良くなっている方から改善するまでに数ヶ月を要する方など様々と聞きます、また尿漏れが止まった方でも、力を入れた時にはわずかに漏ることもあると聞きますから、実際のゴルフには尿漏れ吸収パッドが必要になるのではないでしょうか。


インタビューへの回答 ありがとうございます

 
調べてみると、厚生労働省は17日、4月から前立腺がんに公的医療保険を適用する方針を決めた。というニュースがありました、これは前立腺癌治療に関する大きなニューですね。また、地元大阪に初めて重粒子線治療センターが春に、というのはこのことですね。→2018年に大阪の都心部で最先端の重粒子線がん治療がスタートします|大阪重粒子線センター

粒子線治療の保険適用拡大 前立腺と頭頸部のがんに

 厚生労働省は17日、がん粒子線治療について、4月から前立腺がんや頭頸部のがんの一部に公的医療保険を適用する方針を決めた。
 
 粒子線治療は原子核である陽子や、より重い炭素の原子核である重粒子を加速器でビームにし、がん細胞に当てて殺す治療法。従来のエックス線治療に比べ、ピンポイントで患部に照射することができる。
 
 前立腺がんは、粒子線治療を受ける患者数が年間約1700人と最も多いが、先進医療に指定され、必要な検査代や入院費など一部にしか保険が使えない。28年にも保険適用が検討されたが「他の治療法に比べて優位性が認められない」と判断され、見送られていた。
産経 ニュース|粒子線治療の保険適用拡大 前立腺と頭頸部のがんに

重粒子線治療と放射線治療

前立腺癌と言われて、最初に感じるのは「転移があるかどうか」という恐怖に近い不安でしょう。その次にどんな治療を受けるかを考えるのですが、多くの治療法があり誰でも迷います。しかし、最も魅力的に感じるかもしれないのが、この重粒子線です。ただし理論的に優れているとされる重粒子線治療ですが、非常に巨額の投資が必要とされるため施設が少ないこと、いまだに従来の放射線治療以上に良い成績であると立証されていないこと、保険が適用されないことなどにより、一部の方にしか利用されていませんでした。
 
しかし、保険が適用となると今後の治療の流れが変わるかもしれません。そこで、重粒子線は放射線治療と、どう違うのか改めて考えてみます。

重粒子線は最先端の技術である、理論的には非常に優れている

IMRTなどの放射線治療は体表面では強く作用し、深いところではその線量が弱まるのに対し、重粒子線や陽子線は深いところにエネルギーのピーク(ブラッグピーク)を作ることができるため、非常に優れた特性であるとされます。
しかし、IMRTでは従来からガントリーの回転照射が可能であるため自在な照射が行われていますが、重粒子線の場合は照射方向を自在に変えるのは難しいとされ、従来は2方向固定でした。ただし、最新の施設であればこの点も改良が進んで、自在な照射が可能になっているかもしれません。(ご確認ください)

システムがいかに高精度であったとしても、照射精度は別の要因で決まる!

粒子線や放射線の治療システムが、1ミリ単位の非常に高精度な照射が可能だとしても、前立腺があるのはやわらかい人体の中です。前立腺は周辺臓器の動きの影響で位置が日によって数ミリ変わる、あるいは前立腺自体が少し変形することもあります。日々の動きに対しては治療直前に内蔵CTなどを使った画像誘導(位置合わせ)により解決できます。
 
しかしながら、前立腺は照射中であっても、時間の経過と共に少しずつ動くとされます、同じ位置であることが期待できるのは2分程度とも聞きます。この動きや変形に対して照射中に自動で追従することまではしていないため、照射精度は、システムの精度よりも”人の体の臓器の位置や形状の変化がどれくらいあるか”によって決まってしまうと思われます。

前立腺より数ミリ以上大きな範囲を照射する必要があり、この時の、おもに直腸に対する必要のない照射の副作用が問題

「治療中の前立腺の位置や形状の変化」は照射直前の位置合わせをいくら高精度に行ったとしても、解決できる問題ではないため、照射野(照射範囲)がけっして前立腺をはずれないようにするためには、照射野を「照射を必要とする範囲」より数ミリ以上大きくするなどして対応するしかありません。照射野を皮膜外浸潤(その多くは前立腺の外側の数ミリ程度)に対応させるには、さらにそれより数ミリ以上大きい範囲を照射する必要があります。
 
この数ミリ以上のマージン領域が周辺臓器、特に前立腺に近接する直腸に対する必要のない照射となります。この照射によって極端な場合には直腸に穿孔が起きることがあるのですが、そうなっては困ります。そこで、そうならない線量、つまり周辺臓器の副作用を許容できる限界の線量が、照射線量の限界となってしまいます。粒子線がいかに強力であったとしても、このことにより、同じ精度のシステムであれば放射線も粒子線も、局所への効果はそう変わらないことになります。

照射線量は「根治に必要な線量はどれくらいか?」で決まるのではなく、周辺臓器の許容限界の線量で来まる

放射線治療(重粒子線を含む)は照射線量が高いほど根治性が高くなりますから、特に高リスク前立腺癌に対しては、必要十分な、できるだけ高い線量を照射すべきです。しかし、放射線治療における照射線量は、先に書いたように「根治に必要な線量はどれくらいか?」で決まるのではなく「周辺臓器の副作用を許容できる限界の線量」で決まってしまうという点が、粒子線に限らず放射線の外照射治療に共通する難点です。
 
重粒子線や陽子線は、最先端の技術であり「理論的に非常に優れている」とされていても、この問題を解決できないため、実際の治療成績において「従来のIMRTなどの放射線治療よりも格段に良い成績を出せるか?」というと・・それは難しいかもしれない。
現実に重粒子線や陽子線治療を受けようとされる方は、5年以上の非再発率がIMRTと比較してどれくらい違うのか、実績に基づいた話を聞いてから治療の決断されたほうが良いでしょう。