重粒子線を支えているのは前立腺癌

前立腺癌と診断されて、最初に感じるのは「転移があったりしないか」という恐怖に近い不安。その次にどんな治療を受けるべきかを考えるのですが、多くの治療法があり誰でも迷います。しかし、最も魅力的に感じるかもしれないのが、この重粒子線治療かもしれません。
高額な治療法でも、「根治できるなら金に糸目はつけない」と言い切った豪傑な患者さんがいました。

ただし、医療費は2018年から保険が適用されたため患者負担は軽くなりましたが、保険側の負担は重く高額な医療であることに変わりありません。
時々「重粒子線治療はどうでしょう」という質問をいただきます。そこで再度、重粒子線治療に魅力はあるかどうか、考えてみます。

叔父さん2人が前立腺癌に罹患したという、知人がいます。
ひとりは、リンパ節その他に転移し亡くなりました。「前立腺は死なない、は事実と違う!」と言ってました。
もうひとりの叔父は、重粒子線治療を受けたとのことなので、その後を聞いてみてくれるそうです。
重粒子線治療、陽子線に対する、ご見解は?  

病巣にピンポイント照射 がん治療に新たな可能性を拓く

まず、重粒子線治療とはどのようなものであるか、重粒子線システムを提供している東芝のウェブサイトから、その技術的な面での特徴を抜き出してみます、引用文の赤文字に注目してください。


画像引用:東芝エネルギーシステムズ株式会社│粒子線治療装置

炭素イオンを光速の約70%にまで加速させ、病巣のみに線量を集中させて照射する。重粒子線はX線や陽子線よりもがん細胞に対する殺傷効果が2~3倍大きく(※1)、照射回数をさらに少なくしつつ、強いダメージを与えることができるのだ。
『i-ROCK』では、細いビームを多層的に照射する3次元スキャニング法によって、腫瘍の部位に高精度に、従来の放射線の約3倍の効果があるとされる重粒子線を照射し、がん細胞を死滅させる。
▶ 病巣にピンポイント照射…│東芝エネルギーシステムズ株式会社

最先端技術を取り入れた装置を提供します。 重粒子線呼吸同期3次元スキャニング照射および超伝導回転ガントリー技術(※2)でより線量集中性を高めることができ、治療の可能性が広がりました。
▶ 照射技術/ガントリー│東芝エネルギーシステムズ株式会社

これらの記事を読む限り、最新技術を投入して建造された巨大プロジェクトであり信頼の塊のようなシステムとしか思えない、事実そうだろう。自社製品であるからメリットのみの記述となるのは仕方のないところではあるが、

炭素イオンを光速の約70%まで加速し、それを病巣のみに線量を集中させて照射。照射される重粒子線はX線に比べて「がん細胞に対する殺傷効果が2~3倍大きい」ので、がん細胞を死滅させられる

などのフレーズを読むと、特に理科系の方は、これしかないと思われるかもしれません。しかし、このような疑問は持たれないだろうか、一緒にお考えください。

  • 病巣のみに線量を集中とあるが、周辺臓器には不要な照射がないということ?、本当でしょうか?
  • 重粒子線は殺傷効果が2~3倍大きい ・・ということは、逆に考えると通常のX線による外照射治療(IMRT or VMAT)の殺傷効果は、重粒子線の1/2から1/3しかないので、がん細胞を死滅させられないかのような表現です、本当でしょうか?

重粒子線治療についての記事・拾い読み

重粒子線治療は、X線による放射線外照射治療に比べて、非再発率において優れているという報告は、いまだ示されていません。放医研などで診察を受け、重粒子線治療は放射線外照射治療より根治性が高いかどうか、という質問をされた複数の患者さんの話によれば、重粒子線治療は放射線外照射治療と同等の成績であるが、治療期間が短いというメリットがある、と説明されたそうです。
ネットの情報から、その傍証を探してみましょう。

前立腺│粒子線治療の保険適用拡大

粒子線治療は、2016年にも保険適用が検討されたが、他の治療法に比べて優位性が認められない」と判断され見送られていた。しかし、2018年にが急に前立腺癌の保険適用が認められた。これは重粒子線治療をしている医師でも意外だったようで、現在実施中の臨床試験により何年か後の保険適用を目指そう、と思っていたそうだ。

 厚生労働省は17日、がん粒子線治療について、4月から前立腺がんや頭頸部のがんの一部に公的医療保険を適用する方針を決めた。(2018/01/17)
 
 前立腺がんは、粒子線治療を受ける患者数が年間約1700人と最も多いが、先進医療に指定され、必要な検査代や入院費など一部にしか保険が使えない。28年にも保険適用が検討されたが「他の治療法に比べて優位性が認められない」と判断され、見送られていた。
産経 ニュース|粒子線治療の保険適用拡大 前立腺と頭頸部のがんに

初期投資150億円、維持費6億4300万円

重粒子線治療は従来は高額で誰でもというわけにいかなかったのだが、昨年から保険が効くようになったため、現実的な選択肢の1つとなった。しかし6箇所目の重粒子線治療施設である山形大学では、その採算性が問題となっている。

 年間の維持費は、前述のように6億4300万円だ。初期投資150億円の内訳を建物70億円、重粒子線照射器機70億円、さらに償却期間をそれぞれ40年、10年と仮定した場合、その費用は約15億円となる。これに人件費と光熱費がかかる。1人当たりの治療費を他施設並みの350万円とすれば、年間に430人以上を診療しなければ、施設は維持できない。
news.goo.ne.jp│がん、画期的な重粒子線治療が破綻の危機

単純計算で1人当たり104万円もの電気代

この多額の初期投資だけでなく光熱費も多額となる。その理由は加速器に使われる莫大な消費電力である、千葉で重粒子線治療を行っている病院の場合はディズニーランドと同じぐらい電気代を使っているといわれる。

重粒子線によるがん治療に関わる施設の電気代は9億2500万円(14年度)です」(放医研関係者)13年度の放医研の重粒子線治療の登録患者数は888人。単純計算で1人当たり104万円もの電気代がかかったことになる。
重粒子線治療にコストを上回るメリットがあるのか?│日刊ゲンダイヘルスケア+ 2015年09月18日

重粒子線の治療を支えているのは、実は・・前立腺がん

このシステムの多額の経費を捻出するためには、多くの患者を確保する以外に手はなく、重粒子線(陽子線)で各医療機関を支えているのは、患者数の多い「前立腺がん」治療である。
その重粒子線治療に高額な医療費を払ってでも他の治療法に比べて高い根治性があるなら良いのだが・・。
第41回先進医療会議で藤原康弘委員(国立がん研究センター中央病院副院長、乳腺・腫瘍内科)は、重粒子線治療の前立腺がんへの応用を批判している。その発言に注目してください。

「各施設が前立腺がんの診療をストップすると、ランニングコストも出なくなって重粒子線や陽子線の施設が成立しないから、だらだらと何とかして引きずりたいという醜悪が見え隠れするのです」
「昨年末か何かのヒアリングのときにも、日本放射線腫瘍学会の理事長さんは粒子線は前立腺がんには効かないと明言されたのに、前立腺がんが削除にはなっていなくて」
2016年5月12日 第41回 先進医療会議議事録│厚生労働省

 
重粒子線は初期投資だけでも150億円という巨大プロジェクトです。一度動きだすと、やめるにやめられないことになる。主に将来の治療の研究が目的であれば良いのだが、施設を運営をするためには多くの患者集めを必要とするという一面もある。

※1 がん細胞に対する殺傷効果が2~3倍大きい

「がん細胞に対する殺傷効果が2~3倍大きい」これは事実なのでしょう。しかしその強力な殺傷効果がそのまま根治性に結びつくのであれば、IMRTなどのX線治療を遥かに凌駕する治療実績が得られているはずですが、そうでもない。
この強力な殺傷効果は、周辺の正常細胞に対しても2~3倍大きい殺傷効果が及ぶと考えるのが自然なのだと思います。

ピンポイントで照射(病巣のみに線量を集中)と説明されているが、それはターゲットが固定されているのが前提なわけですが、前立腺や直腸は人体の中で固定されているわけではない。
前立腺は照射中であっても時間の経過と共に少しずつ動くとされ、体の中でほぼ同じ位置であることが期待できるのは2分程度という報告があります。このため最新の外照射システムであるVMATでは実照射時間は僅か110秒とスピードを上げることで相対的精度を向上させています。しかし前立腺の動きや変形に対しての追従には限界があり、照射精度はシステムの物理的精度よりも、おもに”人の臓器の位置や形状の変化がどれくらいか”によって決まると考えていい。

また癌は進行すると臓器の外にはみ出す(皮膜外浸潤)が起こりますが、それに対応させるには前立腺の外側の数ミリを含んだ範囲への照射が必要ですが、「治療中に前立腺の位置や形状の変化」があっても、照射野(照射範囲)がけっして前立腺をはずれないようにするために治療中の臓器の移動を見込んだマージン領域を設けるため、さらに数ミリ以上大きな範囲が実際の照射野となります。
 
この数ミリ以上のマージン領域の一部が周辺臓器、特に前立腺に近接する直腸に対する必要のない放射線照射となります。この時の線量によっては極端な場合、直腸に穿孔が起きることがあるのですが、そうなっては困ります。そこで、そうならない線量、つまり周辺臓器の副作用を許容できる限界の線量が、そのシステムを使った治療における照射線量の限界となってしまいます。

このため、粒子線の特性が優れていて、とても強力であったとしても、患者のQOLを考えると周辺臓器への影響を一定以下に抑えられる照射線量を限界とするほかないので、その限界線量は粒子線でもX線(通常の外照射)も同レベルとなってしまい、局所への効果もそう変わらないことになってしまうように思います。

線量は「直腸への副作用を許容できる限界線量」で決まる

放射線治療(重粒子線を含む)は照射線量が高いほど根治性が高くなりますから、特に高リスク前立腺癌に対しては、必要十分な、できるだけ高い線量を照射すべきです。しかし、放射線治療における照射線量は、先に書いたように「根治に必要な線量はどれくらいか?」で決まるのではなく「周辺臓器の副作用を許容できる限界の線量」で決まってしまうという点が、粒子線に限らず放射線の外照射治療に共通する難点です。

重粒子線や陽子線は、最先端の技術であり「理論的に非常に優れている」とされていても、この問題を解決できないため、実際の治療成績において「従来のX線などの放射線治療よりも格段に良い成績を出せるか?」というと・・それは難しいかもしれない。

※2 呼吸同期3次元スキャニング照射、回転ガントリー

重粒子線治療においては、最近、呼吸同期、回転ガントリーなどの技術が搭載され、高精度なったとしていますが、これは従来の重粒子線システムが、それができなかった、ということです。
これに対して、IMRTを使った外照射(X線照射)では、従来から呼吸同期、回転ガントリーなどの技術が使われており、特に目新しい技術ではありません。
※ 呼吸同期は前立腺癌治療には使われません