#5|失うのは男性機能か、それとも命?

再び「がんが見つかりました」と言われた直後の話に戻ります。

診察室に入るとすぐ、こう告げられましたが・・

「検査の結果 がんが見つかりました」

たぶん見つかると思っていたので、告知されたこと自体にそう衝撃は受けませんでした。しかし全く予想していなかったのは「高悪性度」の癌であったことです。それでも医師に「根治が難しい」と言われても実感はなかった。

癌の告知を受け頭が真っ白になったとか、その後先生から何を言われたのか覚えていない、などと言う話も聞くが、私の場合は、低いPSAであるから初期の癌に違いない、楽に根治できるはずと思いこんでいたので、告知にそれほど動揺はしなかったのです。しかし・・

根治が難しいと言われた。本当だろうか・・

私は、数年前から集団検診を受けており、その中にPSAの項目もありました。今年初めて「要検査」という通知が届き、ただちに検査したのに「高リスク前立腺がん」と診断され、「根治が難しい」と言われたのです。その時の私の気持ちはこう。
 
 ”早期に癌を見つけるためのPSA”ではなかったのか・・
 基準値を少し超えただけなのに、なぜ「根治が難しい」となるのか・・
 それなら、もっと早く指摘できないものか?

告知に続いて担当医は、「このあとの検査で転移がないと仮定しての話ですが」という前置きの後、至極当然のように治療法の説明に移ったため、あれこれ考える時間はありません。私は話を少しも聞き漏らすまいと懸命でした。

根治性を考えれば「全摘手術が良い」と言うが・・

担当医の話:前立腺がんの治療には、大きく分けて手術療法と放射線療法があるが、あなたの場合は「年齢を考えると根治性の高い全摘手術が良い」と思います(※1)と言われ、話は全摘手術を前提として進みました。

前立腺は膀胱の下に位置する胡桃大の器官で、手術では前立腺とそれに付随する精嚢を摘出します。ここでは高悪性度の癌の根治性を向上させるため「拡大摘出手術」と、より広範囲にリンパ節を切除する「拡大リンパ節郭清」をあわせて行います。リンパ節郭清により・・・

先生の話はもう少し続くのですが省略、ここで1つ気になっていることがあった。そもそも手術では、どこを摘出するのかということ、先生の言葉だけではよくわからない・・。

※ 前立腺癌の手術は、どこを摘出するのか・・
Google画像検索:前立腺全摘術

男性機能を残す│神経の温存手術について

拡大摘出手術で、前立腺をそのまわりごと大きく取るという説明に、それなら安心だと思いました。しかし、事前に調べてあった「神経温存」の話が全く出てきません。そこで悪い予感はしたのだが、先生にこう尋ねた 「勃起神経の温存手術ができると聞いています。診断では、私のがんは左葉に限局とされていました、それなら前立腺の片側(右葉側)の神経を温存できませんか?」と。

しかし、先生は”勃起神経温存”に対してまったく否定的だった。

  • 癌の悪性度が高いので、癌が見つかっていない右葉側にも微小な癌がないとも限らない(※2
  • 右葉に本当に癌が存在しないかどうかを再度生検する、ということもできないでもないが、それで確実にわかるというわけではない。
  • 神経移植手術も可能だが、その成績は思ったほど良くない。

勃起神経は前立腺の外側を包むように存在する

前立腺の構造がわかっていないと話が理解できないかもしれません、そこで「野菜を前立腺に見立てた模型」で説明します。前立腺はミニトマト、そしてミニトマトは左葉、右葉というように2つに分けて考える。勃起神経はミニトマトの外側を包むように神経束として面で存在する。その神経を温存するためには、少なくとも左葉側か右葉側のどちらかの神経束を残したまま、その内側にあるトマトだけを摘出しなければならない。


野菜を 膀胱 前立腺 精嚢 に見立てた模型:ミニトマトにストローをプチっと刺して貫通させ、その先をオレンジ(膀胱)にまで差し込むと、膀胱と前立腺が密着状態になる。ストローは尿道、もう一方の端は陰茎につながっています。緑のピーマンは前立腺に付随するようにある精嚢です

摘出手術は、外尿道括約筋をストローに残したままトマト(前立腺)を取り除き、その部分をオレンジに直接吻合して(ぴったり縫い合わせて)尿の通り道を再建します。精密な手術を行えば多くの神経を残すことは可能であると思われるが、それがうまく行った場合でも、もう1つの問題がある。

神経温存手術と再発リスク

もし癌が前立腺の外側に近い部分に存在し、癌が僅かでも前立腺被膜をその神経束にまで浸潤していると、神経温存手術では取り残す可能性がある、ごく僅か、例え髪の毛の先ほどの癌細胞でも取り残せばいずれ再発が起きることになる。悪性度が高いとされる癌は、たとえ左葉に限局とされた場合でも、癌がないはずの右葉の浸潤のリスクまで考えなければならない、ということのようだ。

もし、勃起神経を温存する手術を受けて、再発という事になったら、どうしてあのとき潔く切らなかったのかと後悔するに決まっています。(神経を温存しない場合でも再発はありますから、潔さには関係ないかもしれないが・・)そう考えると先生の言う通り「拡大全摘手術」を受け入れるほかありません。

前立腺 全摘手術で失うもの

 命が優先なのは当然だけれども、それと引き換えに男としての大切なものを失うことになるのか? ・・いや、冷静に考えれば引き換えではない。摘出手術の結果、悲しい思いをしたとしても根治できないことだってありうるのだ・・・。

「早期がんのはずだから・・」という希望は消え、医師の言葉からは男性機能どころか命も失う可能性もある、というニュアンスさえ感じられる。男性機能を残すことなど医師にしてみればドライに切り捨てるべきことなのだろう。

癌の告知は覚悟していましたが、完治が難しいかもしれない、男性機能もなくなると知って穏やかな気持ちでいられるはずがありません、だってまだ50歳台前半なのですから、いや失礼60代70代だって同じです。この時には「癌は手術で摘出するもの」と思っていましたから、失うものを思うとほとんど 絶 望 ・・・不思議と涙は出なかったのですが、しばらくは悲しい気持で過ごしました。


これは、ちょどこの時期に山で撮った「うどの種子」の写真。もうすぐ冬を迎え枯れてしまうまえに、こうして次世代への種を残す。次世代につながる機能としては人の前立腺とおなじようなものか。次世代を残せなくなったとしてもいいが、男としての機能を永遠に失うのはあまりにさびしいと思うのである。・・・このころは、どこにいても、何をしていても前立腺癌のことが気になっていた。

完治の可能性は60とか70%くらいですか?

癌と言われて、一番気になったのが”本当に治せるものなのか”ということ。そこで担当医に、私が全摘手術を受けた場合、完治の可能性はどれくらいあるのでしょうか?と聞いたのですが、具体的な数字は示していただけません。

うんと悲観的に50%くらいですか?、と尋ねると
 そんなに悪くはありませんよと言う。

そこで60とか70%くらいですか?、と、
まさかと思える数値を言ってみたのだが、「う~ん?」と言って頷いていただけません。

えっ・・なんと、治る見込みはせいぜいその程度なのかと知り、その完治率(根治率)の低さに驚きました。

しかし・・・告知から、癌のリスク分類、治療法と一気に話が進んでゆきます。先生にとっては日常のことなんでしょう・・話の内容は非常に濃く、とにかく早い。「では次の診察までによく考えておいてください」まで15分か20分くらいに感じました。

note
※1 年齢を考えると根治性の高い全摘手術が良い
この時私は54歳。「年齢を考えると」とは「若いので」という意味です。高齢の患者が多いことから前立腺癌の場合は60代であっても若いとされます。したがってこれは、『若いので、再発のない治療が良い、そのためには全摘手術が適している』ということを言っているのだが、この言葉には大きな疑問を感じます。
”高い根治性=全摘手術”が前提であり、全摘以外の治療法では完治が難しいという印象を与えること。若いからこそ、性機能の温存が気になるわけですが、それは考慮されていないということ。さらに年齢によっては、それほど根治性を重要視しないともとれますが、ほんとうにそれで良いのだろうかと思います。先生も私と同じくらいの年齢です、仮にご自身が性機能を失うという状況になっても平気なのだろうか・・


 

※2 微小ながんがないとも限らない

前立腺癌は「多発性」とされている

私はこれまで、癌は”ひとつのかたまり”としてイメージしていました、例えば前立腺内に豆粒くらいの塊があるのかと思っていました。しかし、前立腺癌は多発性とされているため、腫瘍は1つだけとは限らないということになります。私の場合、生検によって「がんは左葉に限局している」とされました。それなら右葉には癌がないのか、というと実はその保証もない。右葉に刺した針のどれにもがん細胞は検出されていなかっただけで、刺していない位置に小さな癌があるという可能性は残る。もしそこで、生検の本数を大幅に増やしたとしても微小な癌が必ず検出できるとは限らない。



例えば湖全体が前立腺で、湖に浮かぶ小島が癌であったとします。島が1つだけの場合もあるが、その島のまわり小さな島が点在するかもしれません。また岸辺(つまり前立腺との境界線)に島が接していたりすれば、癌が湖の外に広がっている可能性もあり、より危険であるといえます。

つまり、いくら精密な検査を受けたとしても検査には限界があり、”癌がある”ことは確かめられても、”ない”というのを確かめるのは無理のようです。したがって手術における神経温存が再発リスクを上げないかどうか、もがんの悪性度や癌の占める割合などから総合的に判断するしかないのでしょう。
また、被膜外浸潤はないと診断されていますが、癌が見つかった左葉部分は生検サンプル5本に癌がありグリソンスコア8と悪性度も高いため、画像検査でわからない微小な癌が被膜外浸潤を起こしている可能性だってある。その浸潤が確実にないかどうかもわからない、というのが癌の怖さです。

多くの方が「手術療法」を勧められている

多くの方が「手術療法」を勧められています。しかし本当にそれで良いのか悩む方も少なくないでしょう。一生に一度ともいえる重要な決断です、信頼できる医師に勧められたから、とかではなく、治療内容を良く理解した上で、ご自身で決めることが肝心です。私が昨年、治療法を探している時にはなかったサイトを含め、参考リンクを紹介します。

前立腺がんに対する手術療法

このビデオは、ロボットをはじめ開腹手術、腹腔鏡手術、ミニマム創手術、会-陰式手術の各手術方法を解説したものです。このビデオで解説されている川島清隆先生は高リスク前立腺癌の手術に関して研究熱心で、ミニマム創手術においてトップクラスの治療実績を持っています。非常に慎重な言い方ながらきちんと手術のメリット、デメリットを伝えていると感じました。
→前立腺がんに対する手術療法 川島 清隆先生(Cancer Channel 37分)

前立腺の正常解剖と良性疾患

前立腺の構造は,頭側(膀胱側)から尾側(陰茎側)方向にかけて,底部(base),中間部(midgland),尖部(apex)の3つに大きく分けられる。さらに組織学的に,1腺組織を有しない前線維筋性間質(anterior fi bromuscular stroma:AFS),2膀胱頸部から精丘にかけて尿道を囲むように存在
→前立腺の正常解剖と良性疾患


 
・・・
医師の話は続くが、考えておかねばならないこと

トリモダリティ体験記

失うのは男性機能か、それとも命?に続き、治療後に、男性機能は残せるのか?を考える
続きを読む>> 治療後に、男性機能は残せるのか?